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​舞い散る花よ

 小さなピンク色の花が足下で揺れていた。春日瑠璃はそっとしゃがみ込んでその花を眺める。可愛らしくも逞しそうな野花だ。

「サクラソウ、うーん、オトメザクラかなぁ」

 花の先をちょんと突けば右に左にと小さく踊る。春めいてきた気候に呼応するように咲いた花は心をほぐしてくれる気がするものだ。

「瑠璃ー、置いてくよ!」

「え、あ、待ってななちゃん! すぐ行く!」

 見れば親友の七海雲雀は随分先に立って手を振っていた。瑠璃は急いで立ち上がって雲雀に駆け寄る。

「ごめんね」

「いいよ、まだ遅刻する時間じゃないし」

 雲雀はそう言ってタレ目がちの目をさらに緩ませて笑う。

「また花見てたの?」

「うん。あ、ほら、あの花だよ。ピンクのちっちゃいやつ」

 進行方向にもいくつか咲いていた花を指差す。

「プリムラ・マラコイデス、和名だとオトメザクラって言うんだ。可愛いでしょ」

「ほんとだ。園芸部で育てるの?」

「ううん。開花時期が春休みと被っちゃうし、もうそろそろ枯れちゃうから学校で育てるには微妙なんだよね」

「なるほどねぇ」

 雲雀はうんうんと頷いて、可愛いのにもったいないねと笑った。雲雀のこういう、園芸好きな瑠璃の話を嫌な顔ひとつせずに聞いてくれるところが大好きだ。中学には園芸部が無かったため、高校で園芸部に入れたことではしゃいでいる自覚はあって、だからこそ少し申し訳ない。

 瑠璃は雲雀の顔色を伺って、重く聞こえないように気をつけて口を開いた。

「ななちゃんはまだ部活決めないの?」

「あはは、うん。悩んでる」

 困ったと眉を下げる表情すら可愛いんだから雲雀は本当に美少女だ。

「歌も踊りもできる部活があればなぁ」

 雲雀は小さい頃から歌うことと踊ることが何よりも好きだった。プロでも通じるだろう実力もあるのに本人にはその気が全くなくて、だからこそ学校で、同年代の友達と思い切り楽しみたいのだといつだったか言っていた。

 音楽に疎い瑠璃では彼女とその楽しさを共有することが出来ない。それが歯痒くて、苦しくて、こんな自分が雲雀の親友であることが申し訳なくて、でも雲雀がこんな自分を親友に選んでくれたことに、ほんの少しの優越感を覚える。

 だめだなぁ、なんて。

 それでも瑠璃は雲雀の親友でいたいから、なんてことない顔をして、精一杯の笑顔で、大好きな彼女に笑いかける。

「ななちゃんが後悔しないなら、私は何だって全力で応援するからね」

 瑠璃がそう言うと雲雀はぱちくりと目を瞬かせて、そうして花が綻ぶように笑った。

「うん」

 風がそよぐ。雲雀の肩口で切り揃えられた豊かな黒髪が揺れて、セーラー服が風を孕んではためいて、頭上では小鳥たちが軽やかに鳴き交わしていた。

 どうにも現実離れしたその光景を綺麗だなぁと眺めて、ふわふわとした心地のまま、瑠璃は遅刻しそうだと慌てる雲雀に手を引かれて通学路を駆けた。

烏兎
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